死にもっとも近いやさしい手触り(2011年ある秋の日記)

①蕎麦を食べに街に出かけたはずなのに
気付いたらかつやでカツ丼(梅)を食べていたり、
②朝、出社する前、玄関で「いってらっしゃい/
いってきます」の口づけをしたのに
その13,4時間後には
赤ワインを飲みすぎたせいもあるのか
別の男の上で腰を振っていたり、
③お勤めする時、ワイシャツの下に着る
アンダーウェアをすべて、首のリブの細い
サンスペルの白のTシャツにしようと
Bshopとか伊勢丹とか駆けずり回って
同じものを半ダース買い揃えたのに
その次の次の日に自殺してしまったり、
 
程度の差はあるが人はそれぞれが
それぞれの虚無を抱えて生きている。
 
かつやのカツ丼(梅)を大きく超える虚無は
無いという人もいるだろうし、
常に大虚無に振り回されて人生の大半を
棒に振る人もいるだろう。
 
雨の土曜日、八丁堀の駅から霊岸島の方に
橋を渡った。週末・夜・雨のビジネス街。
人通りはほとんどなく、
雨で濡れた路面を走り過ぎる車が
数台あるばかりだ。
 
新川二丁目の交差点を右に曲がって
佃の方に向かって歩く。
雨脚は弱いが、傘を持っていなかったので
少しずつ体が濡れていく。
 
中央大橋で川幅の広い隅田川を渡り
佃島へ。ほとんど雨宿りにもならないが
佃公園の木の下で時間をつぶす。
何もしなければいけないことはないのだ。
いや、あったな。
友人に頼まれていた書き物でもしようか。
以下、雨の闇の中、木の下で書いた文章。
 
「日が暮れてしばらくが過ぎた。
大きな川がいくつかの川に分かれて、
また別の川が大きな川に合流していて、
その上にいくつも橋が架かっている。
たくさんの川がありたくさんの橋があった。
闇をたたえた川の流れに街燈や
それぞれの生活の灯がゆらゆらと照らされている。
オレンジや黄色、そして緑の灯が
ゆっくりとした流れの中で、
ぼんやりとその光を灯しているのが見えた。
橋の上から、そんないくつもの灯火を
彼はずっと見ていた。川の向こうの闇から
小舟が小さい灯りと共にこちらの方に進んでくる。
その針路の軌跡で川面に反射した
ほのかな灯りにさざ波が立つのを見た。

 

しばらくすると驟雨が来た。
雨つぶが大きな川を覆う闇を満遍なく打った。
ゆらめく水面の灯りは、
かすかな光をたたえたまま
無数のしずくになった。
アスファルトが濡れたにおいがする。
彼も、中州にある公園の
大きな木の下に雨宿りをした。
そこからどこまでも微細な雨に打たれる
川の闇が見えた。彼は待っていた。
雨があがるのをいつまでもそこで待ち続けていた。
いまなら彼にもはっきりとわかった。
帰る場所なんてどこにもないんだって。
自分を受け止めてくれる人なんて
どこにもいないんだって。」
 
しみったれてるけどまあこんなんでいいか。
書き終わってふと隅田川を見る。
夜の闇に静かに降っていた雨はもう上がった。
川で小さな魚が一匹跳ねる音が聴こえた。
周りを見渡す。誰もいなかった。
自分だけがこの音を聴いたんだなと思った。
この音を聴いていたのはぼくだけなんだ。
 
優れた投資家が常に適切に
リスクを管理しているように
ぼくも常に適切に虚無を管理したい、
とふとひらめいた 。
でも虚無の管理なんてどうやってするものなのか。
そもそも可能なのだろうか。何もわからない。
でもそれでよかった。
課題が困難なほど、都合がいい。
時間つぶしをしたいだけなんだ。
 
ぼくもふと気がつくと
いつサンスペルの白いTシャツを
半ダース揃えだすかわからない。
こわい。おそろしい。
手に入れたその日は、
酒好きが口からおちょこを迎えにいくように
やさしい肌触りを確かめようとぼくも
顔面から純白のやさしさを迎えに行くと思う。
「クゥーッ!」とか言いながら。
でもその次の次の日以降、ぼくはどうしてるかな。
そんなことは誰もわからない。
ぼくにも誰にもわからない。
 

f:id:yunhon:20180913011212j:plain

怒りの囚人ではなく

芸術家であれば、怒りに囚われることなく、

ただその感情を理解すべきだ。

創造するには、エネルギーを

持ち続けなければならない。

明晰さを保ちつづけるんだ。

イデアをつかまえなくちゃならないし、

この世の信じがたいほどの

重圧とストレスをはねのけるために、

強く生きなければならない。

だから強さと明晰さと活力の湧き上がる場所を

育むことは理にかなっている。

 

デイヴィッド・リンチ『大きな魚をつかまえよう』 

 

f:id:yunhon:20180908114405g:plain

世界の混沌/イメージの具象化

“本来、写真は世の中を分析する能力を必要とする。

画家ははじめは白いカンヴァスを出発点として

絵を描いていく。写真家は世界の混乱の中から

イメージを作り出していく。

街並み、街路、群衆、木々、文化の産物。

それらの対象を前にした写真家は、

そこに主題を見つけ混沌とした世界から

イメージする世界を作り上げる。

作品の場面設定をし、構図を決め、

露出と焦点面を決めることによって

イメージを具象化する。(…)

写真家にとって、写真は自分の世界を表現し、

どのように事物を認識して、

自分の意図を表現するのかという手段である。”

 

―スティーヴン・ショアー『写真の本質』

 

f:id:yunhon:20180831010519j:plain

アルコール/偶然性とコントロール

“Q.絵を描くときに、アルコールは

どのくらい助けになりますか。

 

F・B―難しい質問ですね。

ひどく酔った状態で描いた絵はあまりなく、

一点か二点なんです。

一九六二年に「磔刑図」を描いたときは、

二週間ほど酒びたりでした。

酒を飲むと気持ちが解放されることもありますが、

同時に精神の別の側面を鈍らせます。

自由な気分になれる一方で、

手元にある作品に対する

最終的な判断力が鈍るのです。

実際のところ、酒やドラッグが

助けになるとは思いません。

ほかの人はどうか知りませんが、

私の場合はあまり役に立ちませんね。

 

Q.言い換えると、

あなたは偶然が重要だと言いますが、

本当は一定の明晰さを保っていたいのですね。

あまりに多くを偶然まかせにはしたくないのでしょう。

 

F・B―とても整ったイメージを望んでいるのですが、

その生じ方は偶然であってほしいのです。

 

―『フランシス・ベイコン・インタビュー』

 

f:id:yunhon:20180829020059j:plain

 

透明さの差異/平静

“ジェドは<ヒュスクヴァルナ>という

ノルウェー中部地方の品を選んだ。

ガス入りだが泡の出方は控え目だった。

得もいわれぬほど透きとおっていたー

とはいえ他の水も同様だったが。

それらのあいだの違いは泡の出方、

そして口に含んだときの

かすかな舌触りのみだった。

いずれの種類も、塩気や鉄分臭さを

少しも感じさせない。

ノルウェー産ミネラルウォーターの共通点は

慎みにあるようだった。

ノルウェー人というのは、

繊細な快楽主義者たちなんだ、

とジェドは〈ヒュスクヴァルナ〉の代金を

払いながら思った。

そしてまた思った―

透明さにこれだけの差異が存在しうるというのは

嬉しいことだ”

ミシェル・ウエルベック『地図と領土』

 

“「ああ落ち着いているよ。心は平静だ。

でも今はもっと深遠な内面の平静を求めている。

私はそのことをだんだんと確信し始めている。

確信したら、落ち着いていられるだろう。

とてもシンプルなことだ。」”

タル・ベーラ(映画監督)

 

ここ2年ぐらい、だいたい

こんな感じだなあと思うことが多いです

なかなか難しいところもありますが

 

繊細さ/透明さにささいな差異を見出して

喜ぶのに夢中になってます

 

f:id:yunhon:20180828010336j:plain

 

 

f:id:yunhon:20180828010349j:plain

Super Sensitive Without Beer(あるいはこの夏の記録と制作ノートのようなもの#2)

前回の続き(というよりはその前後)の話。
 
6月から5,6年ぶりに
写真を再開するにあたって、
それまでの緩んでいた
神経のゼンマイをキリキリに
巻き上げていった話は前回した。
 
端的にいうと生活リズムの指針を
ストイック方面に舵取ったという話。
 
写真は、自分を通して世界を
捉え直すものだから、
より良い写真を撮るために
自分と世界に常に
最大限の注意を払い続けようとした。
 
その結果、当然のことながら
仕事以外の時間(1日の中でも
結構長い時間だ)に、
語らう相手は自分自身のみに。
誰とも何も話さず、
自分の精神の微細な起伏と、
時々刻々と移ろっていく光と影が
もたらすごく極微な世界の変容、
そのふたつだけをずっと、
ずっとずっと見詰め続けることに。
 
1週間余りで、あっという間に
神経衰弱になった。
 
長い夏の陽が落とす窓のサッシの影。
枯れた畳に伸びるその影と
それ以外の西日に照らされた部分。
そしてその影と光の淡い間。
これが0コンマ0何秒みたいな
タイム感で微塵の違いを
無限に生み続けていく。
それが自分の意識にグイグイと迫ってきて、
しかもグイグイと迫ることで、
自分の精神の起伏にも少なからず
何らかの作用を及ぼすので、
その精神の起伏にも監視の目を
不断に配っていることから
2重に神経がキリキリになっていって、
マイクが拾った音を流すアンプから
流れる音を、また同じマイクで拾った音を
さらにアンプで流して、それをまた
マイクが拾うからみたいな感じで、
処理できる情報量を一瞬で
爆発的に超えてしまって、
あ、これは気がおかしくなってしまって
短くない間戻って来られなくなるやつだぞ、
以前に何度か経験しているから
わかっているのです。
とかおもって、酒を飲まない代わりに
いつも手元に置いて飲んでいた
レモンフレーバー入りの炭酸水(サントリー
南アルプスの天然水スパークリングレモン)を、
頭に即座にぶっかけて、
髪の毛とか服とか畳とか
べちゃべちゃになったりすることを
週に3,4回繰り返すハメになった。
 
で、厄介だなーこれ、って思って、
(何故なら、頭からレモンフレーバー入りの
炭酸水をぶっかけることによって、
毎回毎回髪の毛や服、畳などが
べちゃべちゃになり、服を脱いですぐ
洗濯機に入れたり、畳をバスタオルで
拭いたり、髪をドライヤーで乾かしたり
とんでもなく面倒くさいことになるのと
ドライヤーで乾かしてるときに
洗面台の鏡に写ってる自分見て
あー、自分は何をしてるんだろう、
全然何してるのかわからないとか
毎回毎回思わなきゃいけなくなるので。
加えるならぶっかけてるのは毎回炭酸水なので
シュワシュワにもなる。
こちらの方は、特に実害はないですね。
先程まで乾いてたはずの畳に
シャワシュワとか泡立ちながら
染み込んでいくのには結構ウケています。)
そういうこともありとりあえず、
頭を坊主に丸めるか、てなった。
 

f:id:yunhon:20180823235340j:plain

 
一休さんバリの青白い坊主頭になったら
たとえ炭酸水を頭からぶっかけて
べちゃべちゃ&シュワシュワになったとしても
タオルでさっとひと拭き、
おやおや、完全に乾いてしまってるじゃないか。
こんなに便利なものがあるなんてね、、
でも、、お高いんでしょう・・・、
心配無用!それが今回に限り、みたいな感じで
利点しか思い浮かばないからだ。
 
で、すぐさま理髪店に行って
一休さんバリの五厘刈りに」と
席に座る前から大声で発注したり、
東急ハンズかどっかに行って
アタッチメントなしでガリガリに刈れる
バリカンを購入したりしたかというと
そうではなく、ぐずぐずぐずぐずしていた。
 
その間にも何回も何回もレモンフレーバー入りの
炭酸水を頭からぶっかけ、毛髪や衣服などを
濡らしては乾かしていたし、そればかりでなく
レモフレ炭酸水を普通に飲んだりもしていた。
酒の代わりに柑橘フレーバーの炭酸水を
飲み続けているのだから
毎日お腹がパンパンになって苦しかった。
で、6月の末ぐらいにとうとう、
なんか邪魔だなあと、なんだろうなあと
思いが至り、あ、レモンフレーバーか、
これ邪魔だな、と思って以後はレモフレ無しの
サントリー南アルプスの天然水スパークリングを
買い求めるようになったりして、まだ髪の毛は
フッサフサだった。
 
そうこうしているうちに猛暑の7月に入り
本格的な夏がやってきた。
その頃になると、夜、寝ている間にも
うなされるようになった。
夢で以前近かった人が出てきて、
ぼくはカメラを持っている。
撮ろうか撮るまいか、
どう撮るかどう撮らないのか
ずっとくよくよ悩んでいると
その以前近かった人は
ゆっくりと暗闇の中に遠ざかっていって、
ぼくは心の中で「いまならまだ撮れるぞ、
でもこのままいくと間もなく撮れなくなる。
あの暗闇にこれ以上取り込まれたら
フィルムの感度では、明るさが足りず
被写体を写すことが不可能になる、
それに距離も遠ざかれば遠ざかるほど
解像度が足りなくなるし、撮るなら今だ、
でもどうやって・・・。」と思うのだが、
その人はもうすっかり暗闇の中にいて
そこからぼくに向かって
「ああ撮ってほしかったのになあ」と
声をかけ、そして永遠の別れが訪れる。
 
勢いよく目が覚めて枕元に置いてある
炭酸水(もはやレモフレではなく
プレーンなもの)を、顔面にめちゃくちゃに
ぶっかける。ただし、これまでのように
びしょびしょアンしゅわしゅわ
というわけにはいかない。
キャップを開けてもうだいぶ
時間が経っているので
すっかり炭酸が抜けてしまっているからだ。
気が抜けた炭酸水はめちゃくちゃマズいし
何よりまた着ていた服だけに留まらず、
寝ていた布団までもびしょびしょに
なってしまったことはさすがにこたえた。
 
「とほほー」とか発音しながら、
夜中のベランダに布団を干す。
畳に横になりながら、天窓を見上げる。
午前3時過ぎぐらいだろうか。
いくら夏が来たばかりで朝が早いとはいえ
まだ夜空は暗い。ここで決意する。
1日のはじめの光を撮ろう。
夜を終わらせる、はじめて差し込む光を
写真に焼き付けよう。
 
それからずっと天窓を凝視し続ける。
数時間経つと、ゆっくりと
ほんとうにごくゆっくりと
黒が群青色になって、次にその群青色が
その青さをどんどん淡くさせていく。
そして白に近づくと、またゆっくりと
白からオレンジ色へと緩やかに
グラデーションを作っていく。
時計を見る。午前6時13分。
「全然わからなかったんですけど・・・、
1日のはじめの光とか。
なんなん、夜を終わらせるはじめての光とか。
舐めてるの」とか思って
結局1枚も写真を撮れないまま、
まんじりともできず、完全に眼鏡を外したときの
のび太くんの目(数字の「3」を逆にしたやつ)
のまま、その日の仕事を完遂しなければ
いけないハメになったりもした。
 

f:id:yunhon:20180823235356j:plain

 
ぼくは写真を撮るとき、
いまだにフィルムを使っている。
いま現像をお願いしているところは
週に一回月曜日に東京にまとめて
フィルムを送ってそれが返ってくるのが
また次の週の月曜になる。
 
つまり撮った写真の出来は最低1週間
(遅ければ2週間近く)わからない。
だからこれまで書いてきたように
ある種(あくまで「ある種」)、
根を詰め、手応えとしても「これは」
と思ったような写真が撮れたと思っても
大抵一週間後の月曜日に返って来た
写真を見てガッカリすることになる。
というよりはそれがほとんどだ。
 
7月半ば前になってくると、
この短期間で100リットル以上飲んできた
炭酸水の炭酸すらも邪魔だなと思い
もう純粋にただの水を飲むようになっていた。
 
で、しまいには水すらもいらねえんじゃねえか
とか思って水も飲まず、食べ物も食べずに
自分と世界とだけ向き合ってたら3日後に
鏡見てみたらジョー戦を前に、
激烈な減量をしてたころの力石徹がおった。
 

f:id:yunhon:20180823235407j:plain

 
あと清王朝末期の阿片窟で
日がな一日、横なってアヘン吸ってるだけの
ジジイとか。
 

f:id:yunhon:20180823235416j:plain

 
で、あぶねえ。とか思ってたが、
でもその水も飲まず食べ物も食べずにいた時、
自分の精神と世界の機微と向き合い続けてたら
ある時、自分の眼の前に広がる世界を満たす
光の粒子のひと粒ひと粒の挙動を
完全に認知することが可能になって、
「お、ようやく神に近づけたじゃん」おもて、
(ここでいう「近づけた」とは、
「神そのものに成り代わる」
という意味ではなく
「神との距離を近接する」という意味。
ちなみにいうとぼくには一切の信仰心はなく、
ここでいう「神」とはそもそも世界が宿している
うつくしさのようなもの、ぐらいの意味。)
「なるほどね、つぎ眼の前のこの光の粒子は
こう動いて、この物とぶつかって
このように反射してくるはずだから
このタイミングでこの構図で
こう撮ればいいんでしょ、完全にわかるよ、
って感じで、笑ゥせぇるすまん
「ドーン!」を食らった
サラリーマンの目をしながら、
 

f:id:yunhon:20180823235431j:plain

 
「ピェッ!」言うて、カメラの
シャッターボタンを押しまくったりしてた。
で、フィルム現像出して1週間後に
出来を見たら、普通の花瓶を写ルンです
撮ったみたいなクソショボい写真しか
撮れてなくて、手叩いて爆笑したりしてた。
で、クソアホくさ、何が神に近づくや、
すべての光の粒子の挙動を完全に把握や、
完全にイッてるやんって思って
怖くなってきた。
 
前回も書いたが、酒は飲まず、
身体に入れるものと言えば、
加工されてない(調理はするが)魚と野菜、
それに果物、大豆製品と水だけで
成人後間違いなく一番
クリーンな状態にもかかわらず、
様子おかしすぎやん、って思って
やっぱ水は普通に飲むべきだな〜って思った。
水は普通に飲むべきだし、
食べ物も普通に食べるべきだな〜て
 
悟りを開く前のブッタ、
ゴータマ・シッダッタは厳しい苦行を経て
痩せ細った身体になり
心身ともに衰弱しているところ
スジャータ」と言う名の村娘に
乳粥を施され、
 「ああ、苦行とかあんま意味ないな」
おもて、菩提樹の下で瞑想を始めて
ついに悟りに至った。
つまりブッタがブッタになるためには
スジャータが必要だった。
「でもわたしは、スジャータの存在なしに
水は飲むべきだな〜て気づけたし
これかんぜん悟りに近づいてますやん。」おもた。
 
で、思いながらもまた
水(もう炭酸水ではない)を
頭にぶっかけたりしてたので
とうとうもうこれはほんまに
坊主にしようて土曜の昼に
ゴロゴロしながら思い立ってたら
めちゃくちゃ珍しいひとから
飲みに行こうと連絡が来たので
坊主は後回しにして飲みに行った。
(前回も述べたが、6月頭から盆までの
2か月半の間に、2、3週間に1度は
友人と会い酒を飲み楽しく話たりはしてた。
ただその回数及び友人の数は
勿論片手の指で充分数えられる )
 
自分自身の精神以外には共に語る相手も
いない日々を過ごしているおかげで
とても楽しく話が出来、お酒を飲めた。
酒も数週間ぶりなのだ。
この期間の内に、会って食事をした
数少ない友人たちとの会話の中では
ぼくはとても素直に
心を開くことが出来たし、
それぞれの友人たちからもぼくにたいして
そうしてくれていると感じることができた。
それはとてもあたたかい時間だった。
 
で、その時は坊主にしようと
思ってたときだったので、
「こうこうこういう理由で
坊主にしようと思ってる。」と打ち明けると
友人は慌てて止めくれた。
「こだわりや思想のエスカレートを
オーバードライブさせても
何もいいことが無いわ」と。
「なるほど」とかうなずいたりしてたけど、
その間も、いや、やはりエクストリームな
状態に身を置いてるからこそできる表現も
あるのでは、とか思ってモヤモヤしてたら、
その表情を見抜いたのだろうか、
友人は「頭乾かしやすいから
坊主にするって言うけど
じゃあ畳はどうするの?濡れてるでしょ。
このままエスカレートさせて行ったら
畳も濡れていいようにって、畳をぜんぶ、
風呂のタイルに変えなきゃいけなくなるよ 」
とか言ってきたので、
なんだ、こいつ。めちゃ頭わるいじゃん。
とか思いながら「いや、そんな
 お金かかりすぎることするわけないでしょ」
て反抗したら、
「それは言いすぎだったとしても
じゃあ、いつでも濡れていいように
坊主にして裸で風呂場で生活しだすんじゃない 」
とか言ってきたので思わず
「名案じゃん」て思ってしまった。
明後日には実行してそうだなって思って
ハッとなった。坊主で全裸で風呂場で
生活してる奴が撮る写真。
絶対見たくねえ。そもそも何を撮るんだ?
バスタブに残った水垢?タイルに落ちた陰毛?
シャワーに濡れたラックススーパーリッチ?
思考や思想をオーバードライブさせすぎても
マジでしょうがないのかもしれない。
 
こんな簡単なことに自分一人では
気付くことは出来なかった。
坊主にするのは辞めよう。
ぼくにもスジャータが必要だったんだ。
で、気付いたら結構、張り目の声で
「ターャジス」とか言ってた。
 
普段ずっと自分自身としか
会話してないからだろうか。
いきなりぼくの脳裏に
北海道から沖縄まで、全国約70箇所の
営業拠点と独自のチルド物流網により
「安全・鮮度・おいしさ」をお届けする
製造直販の乳業メーカー「スジャータ」の
営業車のビジュアルが浮かんできて
そこにプリントされた社名を
ついつい音読してしまったのだ。

f:id:yunhon:20180823235501j:plain

 
友人は驚きを隠した表情で
「え?たじ?え?何?たじすって?」
と聞き返してくれた。
 
即座に、あ、やべ独りごと言ってもた、ばぶう
とは思ったけど、もうええわ、とか思ってたら
それも声に出てしまっていたようで、
友人の立場からすると
目の前の、ある程度酔った男が急に
「タャ―ジス」「矢部」「ばぶう」
「もうええわ!」って、意味不明な脈絡のない
いきなり連呼しだしたことになる。
ぼくがその友人なら当然、
いままでの友情を考え直す
いい時期だと思うだろう。
ついでに帰り道ではスマホを取り出して
そいつのことを即ブロックした挙げ句、
連絡先も消すとおもう。たぶん躊躇はしない。
 
いまは人が撮りたい。そう思っている。
人にこころを開いて、その人と向き合いたい。

魚料理について私が知っている二、三の事柄 (あるいはこの夏の記録と制作ノートのようなもの#1)

 

6月の頭からまた写真を撮りだしている。

日常的に写真を撮り続けるとなると
5,6年ぶりのことだろうか。
(ここ数年は年に一度、
海外旅行などをする機会があれば
カメラに触れることもある、
というぐらいだった。)
 
写真を再開するのにさきがけて
おととしの冬ぐらいから
1年以上かけて、
これまで撮ってきた写真を
ことあるごとに見返し続けていた。
 
少なくない枚数のそれらの写真の中で
確かに数枚は、世界がそもそも
宿しているうつくしさの一端を
どうにか捉えかけることが出来ている
と言えなくもない写真もある。
しかし、やはり大半はゴミ、クズ。
見てるうちに、勢いよくしょんべんを
引っ掛けたその上に水下痢でも
ぶっかけてやろうかなと思える
酷いしろもの。
 
しかしそんなことはやらない。
自分の部屋が自分のお小水や排便で
汚れてしまうのはかなりショックだし、
掃除してるときにも、何でこんなことを
やらかしたのだろうか、と結構冷静に
凹んでしまうに違いないからである。
ついさっきまで自分の身体の中に
確かにあったはずの物なのに・・・。
なぜ外の世界へと放たれたとたん、
こんなにも忌々しい触れたくもない
ばっちい存在へと成り下がるのか。
ぼくが書いている文や撮る写真も
たぶんそんなものなんだろう。
自分の中にあるうちは
あんなにも輝いているのに・・・。
 
だから、とにかく今回また改めて
写真を真剣に撮り始めるにあたって
以前を超えるようなより良い写真を
撮りたいと心から思った。
それが2か月半前の6月1日である。
 
具体的にどうすれば良いのだろうか。
自分の写真に常につきまとう
「あまさ/ゆるさ/ぬるさ」。
これを乗り越えて、世界に宿る
うつくしさを毀損することなく、
どうにかありのまま、画像として
焼き付けたい。どうすれば・・・。
 
わからない。わからないが、
やはり人生を舐めまくっている
自分の精神の緩みみたいなもののが、
写真にどうしても出ているような
気がしてならない。
だからとにかく当分は、
「精神のゼンマイ」をキリキリに
巻き上げてやろうと思った。
(その結果、わずか10日ほどで
完全に神経衰弱に陥ってしまったのだが
それはまた次回にでも書くとおもう。)
 
眼の前に広がる世界、
それをどうにかそのままに近い形で
画像として結びつける・・・。
そのためにとにかく世界を
ちゃんと見ること、捉えること。
そして自分を通過して写真として
焼き付けるためには、機材/技術的に
どうしたらいいのか考え抜くこと。
そして、その考えが生んだ確信や
疑いの中で写真を撮り続けること。
自分が撮った写真を見続けること、
何度も見返すこと。
何を捉えることが出来て、
何がこぼれ落ちてしまったのか、
認知しようと試みること
(それはとても難しい)。
 
他の偉大な先達が「どう世界を
画像として結び直してきたのか」
を(写真/映画/論考などから)
参照し、先の確信や疑いに
ゆさぶりをかけて改めて
考え抜く材料とすること。
そしてその考えをもとにした
新たな確信や疑いの中で
また写真を撮り続けること。
 
これらを絶え間なく繰り返そうと
思った。あとは日常的にお酒を
飲まないとか(精神が緩むので)。
 
で、やってたらあっという間に
精神が仕上がってきて、
広島東洋カープの暗黒期といえる
90年代のエースだった佐々岡真司
プロ野球チップスでしてた表情に、
完全になってしまった。
1週間の内、95%以上の時間。
 

f:id:yunhon:20180819222459j:plain

 
仕事以外では誰とも会わず
誰とも話さず、酒の代わりに飲むのは
炭酸水と1日2杯のコーヒーのみ。
(2,3週間に1度は週末に友人と会い、
楽しく酒を飲んで話す機会はあったが)
 
その結果、7月の月間ビール消費量は
わずか700ml。これは15歳から
20年を超える観測史上最少の
驚くべき数値である。
(その代り、毎日毎日炭酸水で
お腹がパンパンに膨れ上がった)
 
成人して以降、最もクリーンな状態に
なったことに加え、東京を離れてからの
この2年間で、性格/習慣を抜本的に
見直そうとしてきたことも、結果的に
制作に向かう心をポジティブなものに
させていた。
 
お金・時間・異性、その他自分の
身の回りのことすべてにおいて
だらしがない、染み付いてしまった
自分の習慣をただしたいとおもい
小さなことから積み重ねを続けてきた。
 
靴を脱いだら必ずつま先を
外に向けることから始まり、
脱いだ服はすぐたたむ、
郵便物が届いていたら即
開けて中身を見る、
ゴミは必ず週2回出す、
部屋の整理整頓や掃除も
小まめにするなど、
「そんなこと当然でしょ」
と思われるようなことばかりだが、
以前は絶対しなかったようなことを
この2年間繰り返し続けてきた。
 
身の回りが整うと、
小さなモチベーションでも
遮る障壁がなくなり
自然に制作に向き合うことが
できたのは発見だった。
 
それ以上に、物心がついて
初めてクリーンな身体で
夏を迎えることが出来たことが
何故か嬉しく(一連の制作に関わる
あれこれで完全な神経衰弱に
陥ってはいたが・・・)、
異様に高ぶっていた。
 
もっとクリーンさを。もっと。
もっともっと。そう思ううちに、
気がつくと食生活が
すっかりエスカレートしていた。
 
朝:フルーツと牛乳
昼:野菜と少なめの炭水化物
夜:野菜、加工しない肉や魚料理、
  豆腐などの大豆製品、スープ
 
いつの間にか中村アンみたいな
食生活になってしまっていた。
彼女について一切なにも知らんのに
(知っていることと言えば、
腹筋が割れているということと
長い髪をかきあげ過ぎて
その部分がハゲて来てる
というほんとか嘘かわからない
エピソードだけ)
適当ぶっこいて申し訳ないが。
 
別に輝ける美bodyが
欲しいわけじゃないのに、
良い写真を撮りたいだけなのに、
何でこんなことになってしまうのか。
 
それでもエスカレートは止まらず、
朝のフルーツをやめて
アサイーに変えようかとか、
え、牛乳も止めたほうがいいの?
とか、食への偏狭なこだわりは
どんどん変な方向に
進んでいくことになった。
 
「嫌だな〜、怖いな〜」とは
自分でもかなり思っていたが、
そういった食生活における
一種のパラノイア的混乱を
更に助長させたのが
メッシだった。
 
10年以上に渡り世界の
トップオブトップに君臨する
ストイックなふたりの
傑出したアスリート。
 
その頃に読んだネットの記事では
ふたりは以前の肉中心の
食生活を改め、魚と野菜を
献立の基本にしているというのだ。
肉から魚に変えたことでメッシは
怪我も圧倒的に少なくなったらしい。
 
「やっぱ、魚やな」
3連休の中日の朝、
布団の中でスマホをいじりながら
その記事を読んだぼくは強く誓った。
ボーイ、ミート、ガールの
時代は終わったんだ
 
休日だというのに猛暑のせいか
街は死んだように人気がなく静かだった。
強すぎる日差しに頭がくらくらする。
でも街に植えられた緑や花は
異常な暑さを喜んでいるように見える
(彼らはひとつ前の季節より
遥かに茂っていたし、それぞれの色を
より濃くさせていたので)。
だからこのエクストリームな暑さが
街にこの静けさを
もたらしているのだとすれば
それはとても好ましいように思えた。
これまでずっと嫌いだった夏が
好きになりかけているかもしれないな。
 
クーラーをがんがんに効かせた
スーパーに着くと、
ぼくは魚コーナーに直行。
 
鯛の刺し身でカルパッチョにしようか。
野菜と魚、両方摂れて便利だし。
醤油とオリーブオイル、それに
柚子胡椒を溶かしたドレッシングを
作って上にかけたら良いんじゃねえか。
 
頭が半分おかしくなっていたので
佐々岡の表情で、上の一段落を
丸ごと口に出して発音しながら、
鯛の切り身とプチトマト、
レタスなどを購入。
 
調理らしい調理は必要ない。
柚子胡椒やオリーブオイルなんかを
混ぜてドレッシングを作るのと
鯛の切り身を適当なサイズに
切り分けるだけ。
 
愛用のグローバルのペティナイフ
取り出し、シャープナーで5,6回
簡単に研ぐ。
これでキンキンの切れ味に。
 

f:id:yunhon:20180819222527j:plain

 
ぼくが普段使う包丁はこの一本のみ。
その理由は、小さくて軽くて
取り回しが良いからではなく、
またスピードシャープナーで簡単に
研ぐことが出来、切れ味を
キープしやすいからというのでもない。
理由はもっと単純で明快。
普段料理らしい料理をしないし
持ってる包丁はこれだけだから。
 
鯛を刺し身サイズに切りながら
「やっぱ魚だよな〜」とか
発音したりしてた。
メッシは肉を魚に変えて
怪我が明らかに少なくなったのだ。
「ま、自分は良い写真が
撮りたいだけで、
怪我とか関係無いですけどね。
写真はサッカーみたいに
フィジカルコンタクトが
あるわけじゃないですし」
とか独り言ずっと言ってたら
あっという間に鯛を切り終えた。
 
そして野菜を盛った皿の上に
鯛をまぶして、さっき作ったばっかの
柚子胡椒のドレッシングをぶっかけた。
お腹空いたなあ、とは思ったけど、
汚したものはすぐに片付けてしまう
習慣付けを普段から徹底しているため、
先に使った調理器具の洗い物を
してしまおうと思った。
凡事を徹底させることが
制作だけに留まらず
人生そのものを前進させるのだ。
 
木製のまな板を洗い流して
キッチンの隅に立てかけ、
グローバルのペティナイフ
綺麗に洗浄した。
オールステンレスではあるが
自然乾燥させたらサビが怖いので
キッチンペーパーで水を拭き取ろう。
ああ、お腹空いたなあ。
 
おもてたら、白いキッチンペーパーから
キンキンに研ぎたての
銀のペティナイフの鋭利な部分が急に
こんにちは、してきて
右親指の付け根をグッサー切った。
すぐさま傷口を見る。
「ああ、これ縫うレベルやな」
て即座に思う程の結構な深さの傷が見えて、
あっという間に血が吹き出してきた。
 
メッシ・・・。
魚で怪我なくなった言ってたけど。
これめちゃめちゃ大怪我しちゃったな。
 
良い写真を撮りたいがために
何故か魚中心の献立に変えようと
思いたち、その結果、
数年に1度の大怪我をして
ユーモアの塊やなっておもった。
This charming manやなっておもた。
 
でもいくら中身がユーモアの塊でも、
外側をナイフで切ったら
中からちゃんと赤い血が出てくるんやなって
キッチンの床に出来た
小さな赤い水たまり見ながらおもった。
痛くて涙が出て、赤い水たまりに
ひとしずくこぼれ落ちた。
うつくしいとおもった。