「ゆんくん!ゆんくんやん!久しぶり〜」
普段行かない離れた街で一息つける珈琲屋を探していると、乳児を抱いた女性に呼び止められた。昨日の話だ。目線を合わせ顔を見てみるが見覚えはない。ぼくのような愛を知らない孤独なおじさんに街中で近付いてくるような人間は、ほぼ間違いなく宗教勧誘か押し売りか、かっぱらいのいずれかである。警戒度を高める。
「いややなー、覚えてないんでしょ。ほんま気悪いわー」女性はほがらかに二の矢を放つ。「いやいやいや、さすがに忘れはしないでしょ。そこまで人でなしじゃないですよ。元気してた?」と慌てて返す。相変わらず誰なのかは一切思い出せなかったのだが。
「てか、子ども産まれたんだ。かわいいね。名前は?」どうにかノリで押し切らねば。笑いながら幼子の頬を愛撫する母。時折ぼくは、愛がふとした仕草に具現化されて表れるのを見る。うれしくもなり苦しくもなる。自分には不可能だからだとおもう。
「出産は大変だった?」「そりゃ大変だったよー。16時間もの」とお腹をさすりながら苦い顔を作ってそのすぐ後に笑顔を作る。ぼくはここまできたところで、そのクソガキの胸ぐらを軽く搾り上げながら「聞いてたかー?15年後、お母さんに反抗期とか言うて舐めた真似してたら許さんからなー」とやって母親が笑うといった、子連れの母親になった友人たちに絶対やる超十八番中の十八番をカマして主導権を握ろうと試みた。
「ゆんくんは本当に相変わらずだねー、でも元気そうで良かったよ」とNHKのラジオ英会話とかでありそうなくらい薄っぺらい型通りの再会のダイアローグを、お互い「またね」と言い合い終わらせることにした。
帰りの電車でさきほどの会話を思い返す。だがやはり彼女が誰なのかは思い出すことはできなかった。自分のあずかり知らないところで、日々数え切れられないほどの小さい命が生を受け、また全く別の数え切れられないはかない命がこの世界から消え去っていく。かけがえのない命なんて言葉はただのまやかしだ。これ豆な。
夕方前、自分にとってかけがえのない命のために己の身を捧げようとしている友人と待ち合わせをする喫茶店へと向かった。世界にとってかけがえのない命なんて存在しないが、誰かにとってかけがえのない命は確実に存在する。
待ち合わせ場所のその喫茶店は、店内の内装や設備は全般的に古びて傷んでおり手入れもされていないが、椅子が低くクラシックがいつもかかっていて、いつ行っても席はあるので休憩するのによく使っている。煙草吸えるしね。いつ誰との待ち合わせでもそうするように数十分早く到着する。以前の自分は違った。10回待ち合わせたら7〜8回は遅れていた。年月が流れてある部分が変わった、ただそれだけだ。
あまり前から待っていた感じをみせても気を遣わせてしまうだろう、という気遣いからコーヒーには手をつけない。BICのライターで煙草に火をつける。しかし一度ではうまく火がつかない。その時にようやく思い出した。「あっ、パツイチズッコンしてトンズラこいてもた女性やわ、今朝のあの人・・・。」
少し狼狽してしまったのだろうか。しばらくは煙草に火をつけることはできなかった。まだ東京で働いていた時。帰省のタイミングで友人から「ゆんくんに会ってほしい人がいる」て言われてその友人も含めて3人で飲んで、初めて会ったその日に一度だけ寝具を共にして、という穏当な表現を改めるなら、初めて会ったその夜に中出ししてそっから連絡ブロックした女性だった。会って欲しい人がいると言われて会って、生理終わったばっかだから中に出して欲しいと言われて中に出す。ぼくは人のお願いを聞きすぎてしまうのかもしれない。
お願いや頼み事は大抵望む通り応えるようにしている。なぜか。自分が絶対にしたくないことをしないためだ。絶対にしたくないことをぼくは死守したい。そして人にはやさしくしたい。だから要望はほぼすべて聞くようにしている。ただ絶対にやりたくないことだけは絶対にやらない。そう決めている。これは結構効果的で、自分の周りにいる狂人レベルの自分勝手極まる人たちも、ぼくが「絶対にやらない」と言ったら確実にイモを引く。ぼくがそう言い出したら最後、話し合いに何も意味がないことを知っているからだ。知らない人は知らない人で面食らうしねまず
いつも即断即決を座右の銘としてきた。即断即決に必要なのは、強い意志もそうだが、準備も同じぐらいに大切だ。何をして何はやらないのか。やらないことをしっかり決めていれば、何をいつどの順番でどうやるかだけだから、やらないことをとにかく最優先に自分の中で決めて自分の心に楔を打ち込まなければいけない。ナザレのイエスが十字架に両手を釘打ちされたように。
昨日偶然の再会を果たしたその女性とたった一度の一夜を共にした時も終電が過ぎたいなたい飲み屋で「そろそろ腰上げよっか。おれは疲れたからホテル行くけどどうする?」て言ったような気がする。即断即決をしてボールは相手が持っている状況にぼくはいつもしていたかった。
翌朝、ラブホテルから東京へと直帰した。新幹線に乗る新大阪の駅までその女性は付いてきた。シャワーでちんちんを部分洗いしているときに外から「(わたしたちの仲を紹介してくれた)〇〇ちゃんになんて言おうかー、これ」とうれしそうな声が聞こえてきて「知らん知らん知らん!」てクソ大きな声出かけてさすがに無礼すぎるからシャワーの水流で自分の口塞いだのとかいま思い出した。
東京に戻って数日後、職場の後輩と飲んでいたら机の上に置いていた携帯が震えた。iPhoneの通知にはその女性から「ゆんくん」という4文字だけのメッセージが届いていた。後輩はその画面を見るや白い歯をクソ見せながら「ゆんさんなんなんすかまた色男なメールもらってますやん」と東京人ならではのエセ関西弁を使ってきて関西出身の先輩のぼくを責め立てたが、ぼくはその女性には一度もなんの返信もしなかった。
数年後、東京の仕事を辞めて大阪に帰ってきた。こちらで出来た友達の飲み会に行ってみるとその女性がいて震え上がったことがある。即座に大便器の置いてあるトイレに駆け込み「怖すぎるやろ。どこの寒村やここは。どんな狭いんコミュニティ」と東京の後輩ばりのエセ関西弁のイントネーションで奥歯ガタガタいわせながら、やわらかいクソをぶりぶりと大便器に放った。その後も2回ほど複数人の飲みの席に彼女はいた。終電無くなりそうなる度に「明日資源ゴミの日やから」とか舐め腐り切ったいいわけをでっち上げて終電まで走って帰ったりした。自意識過剰な気色の悪い愛を知らない孤独なおじさん。最低最悪だとおもう。
久々にあったその女性がいま幸せかどうかはわからない。彼女がぼくのことを「元気そうでなにより」と見たようにぼくもまた彼女のことを表面的にしか見えてないかもしれないからだ。とにかく表層の言葉や仕草だけで何かを決め付けたくはない。
年を重ねるにつれ、やらないと決めたことが増えていく。いま彼女と出会っていたらまた違った関係になっていただろう。自ら打ち込んだ釘によって磔刑に処されたぼくはもう酔っても我を忘れても、数多くの絶対しないと決めたことにしたがって生きている。生きづらくはあるが、ぼくはそんな自分を誇れる。年月が流れてある部分が変わった、そしてある部分はいまだ変わらない。ただそれだけだ。
ハンキーパンキー、シコろうよ。答えはひとつだけじゃないんだよ。ハンキーパンキー、シコろうよ。誰も君を奪えやしないんだよ。