イカルス

しかしある日とうとう
一人の青年が立ち上がった
名はイカルスといった
彼の若さは探求する心に取り憑かれて
彼は「この巨大な化け物が
何のためにあるのか暴いてやる」
と言い残し、就寝時間の隙に
持ち場を離れて、ろくろに
素手素足で登っていった

 

イカルスは目が覚めた
でも目はまったく開かなかった
指一本動かせず
しゃべることも無理だった
鼻から吸い上げる空気は
ひんやりと冷たく
クチナシの花の匂いが
身体に染みる(…)
イカルス、おまえがここに
来ることは知っていました
しかしあなたは下界に戻ることによって
自分の使命を果たすのです」
「自分の使命、なんのことです」
イカルスがそう聞き返すと
あたりはすでに暗くなり
目が開くと下の世界に通じる
穴だけが光っていた
彼の体は落ちるように吸い込まれて
消えていったのだった

ー『イカルス』Shing02

 

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バンビでありゾンビ

サバンナのただ中で“その動物”は
また独り、さまよっていた。
吹き抜ける風が生む葉音や、
傾いた日が伸ばす木々の影から、
微細な気配の違いの有無を感じ取ろうと
神経の多くを注いでいた。
そのため、何故自分がいまここで
さまよっているのか、判然としなかった。
わからなかった。
 
サバンナを長くさまよいながら
常に周囲の気配に神経をすり減らせていた。
気配の違いをうっかり見落とすようなことが
あれば、それは“その動物”にとって
致命的なものとなるはずだからだ。
 
“その動物”は生き残るために
生きる目的を見失っていたといっても
大きな間違いにはならなさそうだった。
 
もはや、自分がなぜここにいるのか、
そもそも“何の動物”なのか、
それすらもよくわかっていなかった。
というより、年月を追うごとに
わからなさが増していくようだった。
 
以前はもっと、自分が何物なのか、
そしてなぜここにいるのかも
わかっていたはずだった。
それもいま振り返ってみると
正しかったかどうかはわからないのだが。
 
そしてサバンナに雨が降り出した。
最初は静かなものだった。
しかし、どうやらその程度では
済ませてくれないようだと、
じきに“その動物”も悟ることになった。
雨脚は強さを増すばかりなのだ。
 
身体を冷やすこの雨から
しのげるような場所を探さなくては。
一時的とはいえ、新たな目的が
与えられたことに“その動物”は安堵した。
さらに、高ぶらせていた神経の警戒度も
いくらか下げることができそうだった。
 
雨は、自分の臭いや気配を消してくれ、
まもなく訪れる夜は、その姿をも
深く闇に溶かせてくれるだろう。
しばし、本当につかの間ではあるが、
幾ばくかの安らぎを得ることが
今夜ばかりはできそうだった。
 
そして安堵の中で、浅い眠りが訪れた。
 
地上を夜の闇が支配し、
空に輝くはずの月や星も
今夜は黒く厚い天幕がかけられ、
その光はまったく届きそうもない。
冷たい雨だけが強さを維持したまま
ただ地表を濡らし続けた。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
「自分はサバンナに立っている」
と“その動物”が初めて気付いたころ、
ーそれがどれくらい前なのかは、
もうわからず、かなり前であることしか
わからないー、“その動物”は
他の動物を襲うことで生を繋いできた。
傷を負わせ、血や肉を得た。
当然、反抗や反逆にも遭った。
しかし結果的には、
圧倒できることの方が
はるかに多いようだった。
誰から何も教わらずとも、
それらは簡単に出来た。
しかし、他の動物たちは
そうはできないように見えた。
 
当然“その動物”はそこに己の
優位性を見出し、満足した。
そうして、繰り返し繰り返し、
それらを繰り返すこととなった。
 
しかし、ーこれもいまでは
いつからなのかを思い出すことは
かなわないのだがー
いつしか“その動物”は、
血を見るのも肉を見るのも
すっかり嫌になってしまった。
もう自分以外の何物も
傷つけたくなかったし、
何物からも自分を
傷つけられたくなかった。
 
そうして草を食むようになった。
何物も傷つけず、何物にも傷つけられず
静かに草や木の実、野いちごなどを
食べて暮らしたいと心から思った。
祈った。
 
しかし、当然それらの思いや祈りは
届くことはなかった。
か弱いひとつの生命がつむぐ
思いや祈りごときで、
この広く大きくまた厳しいサバンナから、
弱き者を襲う捕食者が姿を消す道理など、
どこにもないのだ。
今度は逆の立場になったというわけだ。
 
弱き者が独りで生き延びるには
主に2つの能力が必要だと
“その動物”もすぐ気付くことになった。
「危険察知能力」と「危険回避能力」だ。
 
いくら危険を早く察知できたところで
回避する能力が極端に劣っていると
当然致命傷を負うことになる。
逆もまた然り。察知が遅すぎれば
すべてが手遅れになる。
 
危険をもたらす側だったことが
幸いして(と果たして言えるだろうか)、
「危険察知能力」は既に高いものが
備わっていた。自分がやっていたことを
相手もやってくるだけだ。
気をつけるところは変わらない。
 
しかし、「回避」が出来なかった。
事前に気付いた危険に対して、
逃げ去ることができなかった。
なぜだかはわからない。
ただ、そうすることを
選ばなかったとも言えそうだった。
 
そうして最初の致命傷を負った。
致死に値する傷は、当然
“その動物”に大きな痛みを与えた。
激しい痛みは、また深い苦しみも生む。
痛みと苦しみにさいなまれたはしたが、
かろうじて一命だけはとりとめた。
 
そしてこのことが教訓となり
さらに危険察知能力に
磨きがかけられることとなった。
 
しかし、その次もまた同じことだった。
充分な余裕を持って
危険を察知していたはずなのに、
逃げ去ることを選ばなかった。
逃避はかなわぬ選択肢だった。
“その動物”にはそれがなぜだか
わからなかった。
確かなのは、また致命傷を
負ったという事実だけだった。
また決して小さくはない、
むしろさらに深く激しい、痛みを得た。
しかし再び生き延びることができた。
 
その時に気付いたのだが、
最初の致命傷も、その次の傷も
決して癒えることがなかった。
癒えたり治ったりはせず、
傷が傷のまま、そこに残存した。
そして、その患部の周囲が
腐り始めていた。
それでも命を落とすことはなく
また新たな失敗から新たな学びを得て、
危険察知能力が高まった。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
年月が大河のように流れた。
そして今夜は、激しい雨が
嵐になろうとしていた。
 
激しい雨と風に目を覚ませた
 “その動物”は、ほんの刹那訪れた
精神の安寧に感謝した。
雨と夜がそれをくれた。
しかし、嵐となるとまた話は別になる。
己の命を奪おうとするものは、
動物ばかりではないのだから。
 
“その動物”は自分の身体を見渡した。
傷の数は増えるばかりで、
癒えることはやはりなかった。
いまでは身体全体に負った傷の
すべてが腐り果てていた。
耐え難い腐臭はいつまで経っても
慣れることはなかった。
 
それでも“その動物”は生き延びていて、
もはや、ほんの些細な影や音の
違和感から、かなり先にある脅威を
はっきりと認識することができた。
危険察知能力は、オカルト的とも言える
領域にまで発展していた。
しかし、相変わらず
危険を取り除くことはしなかった。
彼らがそうしたいのなら
そうさせておけばいい。
かつての自分がそうしたかったように。
 
深夜、嵐の激しさを引き止めるものは
何もなかった。
“その動物”は暗闇の中、
ただ独り、身をすくめた。
傷がその身のすべてに及び、
肉も腐り落ちてはいるが、
もう痛みは感じなかった。
苦しさもなかった。
もう自分に残っているのは
怯えだけだった。
その夜の嵐がそれを教えてくれた。
心にはさきほどの眠りより
遥かに深い安らぎが訪れた。
しかしそれもまた
すぐ去っていくのだろう。
この夜の嵐のように。
 
 

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Do you remember?

I SUPPOSE, MY PHOTOS ARE

OF THINGS, I DON'T WANT

TO FORGET. MY INSTINCT TELLS

ME, THAT THEY ARE IMPORTANT.

THEY ARE QUIET.

THEY DEMAND NO ATTENTION.

THEY ARE NOT EMPTY.

                                    ROBERT

 

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僕の写真は自分が忘れたくない

ものを写したものだろう。

それが大切であることを

本能が教えてくれる。

それらは静かで、目立とうとはしない。

空っぽではない。

          ロバート

 

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往復書簡#4/最終回

あらためて

 

この男は蓮の花みたいなものだ。蓮の花は汚い沼地でなければ花をつけない。つまり、地獄から極楽を引き出そうとしているわけだ

アンソニー・ボーデイン『THE NASTY BITS

 

「往復書簡#4/最終回」 

 

質問者先の引用箇所はボーデインがとあるシンガポールの料理店を訪れたときのものなんだ。「くたびれた、みすぼらしい」見た目。がたつく丸テーブルの近くには野良猫の集団がうろついているしろくな冷蔵設備もない。それでも水槽や隙間なく置かれた発泡スチロールの中には最高に新鮮な生きたままの食材があり、地元の連中が大勢ならんで店の中はむさ苦しい。「それはわざわざ来る価値がある証拠と考えていい」

ボーデインは同行者からその店のシェフを紹介される。その時その同行者が言ったのがこの言葉なんだ。ストリートの言葉だね。僕たちはまるで「野良猫の会話」を続けてきた。そして君は毎回たくさんの偉人たちの言葉を紹介してきたけど、最後にふさわしいのはやっぱりこういう言葉なんじゃないかな。

 

y: 偉人たちというか成功者だね。偉人でもあり成功者である人たち。この往復書簡の#1で「言葉の力をまるで信じていない」とイキり上がってた割に、毎回成功者の言葉を引用しまくってしまったね。成功者は好きだな。言葉に説得力があるよ。何故かと言うとあらかじめ成功しているから。行動が成果を結んだ後だからね。矛盾しているようでしていない。結局、言葉もこころも信じていなくて、その人生の積み重ねだけが、信じるに値するものなんだ。一番寒いのが、何事も成し遂げていない人の自己言及。この往復書簡でぼくが書いてきたことがそれだ。自己嫌悪で本当に具合が悪くなる。唾棄すべき空虚な言葉遊び。うんざりするよ。

 

質問者なんのために誘われたかわからないけど。

 

y: ぼくは、まだいかなる成果も挙げたことのない(厳格な)成果主義者なんだ。

 

質問者ストリートに用はないのに、ストリートにしかいないというね。石段の枕や植え込みのマットレスは卒業したかい?

 

y: よく寝ていたね、ストリートで。真のストリート出身だとどこに出ても胸を張ることが出来るくらいには。そんなことは当時も今だって一切望んでいないことなんだけどね。望んでもないし用もないのに、ストリートに留まり続けている。これまでの無限に積み重なった選択肢の中からストリートを選び続けているとも言える。根本的に怠惰なんだろう。怠惰ゆえ成果を一度も挙げることのない(厳格な)成果主義者。ただもうストリートの冷たさや硬さに堪え尽くしてるんだ。そろそろ羽ばたきたいよ、ストリートから大舞台に。ネイマールみたいに。

 

質問者積み上げたテキストを気持ちよく壊していくね。

 

y: ただストリートでしか見ることができない風景は絶対にある。そしてぼくはそれを沢山見てきた。そしてこれからも見続けるんだろう。心が震える光景を目の当たりにすれば(さらにその時にカメラを持っていれば)、それを撮影するだろう。そして幸運なことにその写真の出来がましなものであれば、ぼくが捉えたビジョンをストリートにいない人たちにも届ける事ができる。文を書く時もそういう気持ちでいつも書いているよ。でもちゃんと伝えることが出来ているかについてはまるで自信がないんだ。ぼくはチンパンジーとほとんど同程度の知能しか有していないから。類人猿が人類に伝えることが出来るのはごくわずかだ。でも写真は一見すれば何かを感じ取ることが出来る。そこが好ましいと思っているところだよ。言葉はあまりにも誤解や、誤解から呼び起こされる負の感情を生み過ぎるとぼくは感じている。単純に臆病者なのかもしれない。

 

質問者心が震える光景にいつもカメラは遅れてくる。君の写真は夢の残骸のようだ。かなり夢に近づいたとしても、夢の壊れるはじまりであって、夢に先んじることは絶対にない。

 

y: それは面白い指摘だね。素晴らしい写真というのは多くの場合、“本当の瞬間”から更にほんの少しだけ先んじてるんだ。“決定的瞬間”という言葉を例にとって考えてみよう。たとえばその“決定的瞬間”の概念を提唱した(?)ブレッソンの有名な『サン=ラザール駅裏』という写真があるよね。大きな水たまりに向かってジャンプする男が水たまりにまさに飛び込もうとする瞬間を撮ったものだ。でもそれはほんとの“決定的瞬間”ではない。足が水たまりに触れてしまうまさにその瞬間。この写真はそこからさらにほんの少しだけ、時間としては先んじている瞬間を撮影しているんだ。他にも17歳の山口二矢日本社会党党首の浅沼稲次郎日比谷公会堂の壇上で刃物で襲う瞬間を記録したピュリツァー賞受賞の写真。あの写真も本当の決定的な瞬間は、ナイフで腹を刺した瞬間なはずだ。でも写真が捉えているのは、それのほんの少しだけ前。17歳の右翼の少年が力いっぱい手に持った小刀がいまにも腹を突き刺そうとしているところだ。写真を時間軸だけに着目していくと、本当の瞬間よりもどうしてもほんのすこしだけ先んじて撮りたくなるというのは、写真に本気で取り組んでいる人だとあるんじゃないかな。意識的であれ。無意識であれ。

 

質問者その点が君の写真の特徴だと思うよ。先の書簡で”批評はなし”と書いたけど、このやり取りを続ける間にサイトにアップされている写真を見て「あれ、いいじゃん」と思った時があったから、少しだけサービスだよ。だから君の写真は映像的なんだ。カメラが先に来る映像ほど駄目なものはないよね。さあこれは作りものですよと言われているようで。僕が信じているのは夢や魔法なんだ。現実からの飛躍。そういうものだけが、現実をぐっと引き寄せる。僕はイオセリアーニの映画が好きだからね。(創作物として)完璧にコントロールされた夢であり、最も優雅なストリート感があるよね。もちろん君の特徴とはまた違うけどね。

 

y: 間(あわい)という概念にいつも魅了されてきたよ。90年代に思春期を送って大きな影響を受けて育ったからかもしれない。アナログとデジタル、楽観と悲観、進歩と反動、様々なふたつの対立する概念の汽水域のような時代だったと感じている。そのグラデーションが淡ければ淡いほどぼくを引きつける。ぼくの心を捉えて離さない。夢の話に戻るよ。そもそも夢は静止画ではなく動画だよね。そして、しばしば夢は見ている最中はそれが夢だと気付かない。気付けない。それに気付くことが出来た時はもう覚醒は目の前なんだ。ぼくは寝ることが好きなんだけど、その夢から覚める淡い間(すみません、オヤジギャグです。)が待ち遠しくて寝ていると言っても全然大げさじゃない。徹底した未来志向。夢から覚める瞬間のために眠る。そして見る夢はほとんどが、昔、実際に起きた現実を投映したかのような映像だ。執拗な回顧主義。対立する2つの概念が汽水域の水のように入り交じるのが夢から覚めるその短い間だよ。それが写真で表現できているとしたらそれはとてもおもしろいといま君の指摘を聞いて思った。ただそれが夢の真ん中ではいけないと常に気をつけている。撮っている写真が夢のように曖昧なものにならないようにはかなり気をつけて撮っている。現実からは決して逃げ去ることはできないんだ。夢の残骸か。いい言葉だね。

 

質問者またひとつヒントが生まれたね。ユニーク、ユーモア、夢、憂鬱、ゆんくん。

 

y: 要素は出揃ったみたいだ。ユニーク(往復書簡#1)、ユーモア(#2)、夢(#4)・・・、そして憂鬱だね。これについても語ることは避けられない。常にぼくのこころを深く覆って締め上げるのが憂鬱だ。憂鬱がぼくのビジョンを生み出しているといっても過言ではないと思う。君と出会ったのが13年ほど前だ。憂鬱はそれよりもっと前からぼくにとっては最も近しい存在で、それは今後も変わらないんだろう。いわば生涯の伴侶ともいえる存在だ。ぼくのことをもっともよく知ってくれているし、ぼくも“彼女”のことを以前よりもっともっとよく知るようになった。ただぼくは“彼女”を愛していない。“彼女”が一方的に狂信的にぼくのことを愛しているんだ。酒やなんやかんやで意識を朦朧とさせる、混濁させる、その時にようやく一時的に“彼女”がぼくのことを解放してくれる時もある。でもその「解放」は、遵法精神のまるでない法外すぎる利子付きの前借りなんだ。ただぼくは割と早くに気付いてしまった。この気付きがぼくの人生において大きな(というよりも決定的な)過ちだった。何に気付いたのか。“彼女”は時折(ほんとうに時折)、とてつもなくうつくしい光景をぼくの目の前に連れてきてくれるんだ。まるでこれまでの自分の言動すべてがその光景に立ち会うための伏線であったかのように、丁寧な、そして慈悲に溢れたエスコートでぼくをその光景の前まで連れて行ってくれるんだ。かなり経ってから気付いたんだけど、その光景こそがぼく特有のユニークなビジョンなんだ。最初はそのビジョンを記録するすべをぼくは何も持たなかった。そしてしばらくすると言葉を使って書き留めていけば、その光景を記録できるんじゃないかと気付いた。そればかりかその光景をぼく以外の誰かとも共有することすら出来るんじゃないかと思ったよ(のちにそれは重大な錯覚だと気付くのですが)。そして記録/共有するすべとして、もっとインスタントなものがあることを発見した。それが写真だよ。ぼくのこころがばらばらになってまでたどり着いた光景。ぼくは何度かその光景を写真に記録することに成功したよ。もういまでは公に出すことが出来ない写真たち。もう決してどこにも公開することが出来ないこころの欠片たち。(君は運良く、その写真たちを見たことがあるからまだこうやってぼくの写真に肯定的な評価をしてくれるのだろう。)ただその代償として、ぼくのこころはすっかり破れてしまった。一度失われると二度と元に戻ることのないものたち。その残骸を写真として記録出来たのは幸いなことだと感じているよ。でも、もうあと何回もそれに耐えることは出来ないとも感じている。次か、その次か。その時が来るのがおそろしい。でもぼくはもう逃げることが出来ないんだ。これは自虐的な、倒錯した性的嗜好なんかじゃない。決して違う。使命的なものだ。世界のうつくしさに仕える敬虔な殉教者なんだ。

 

質問者さあそろそろ終わりが近づいてきたね。

 

y: 絶望の荒野でフィールドワークを続けるんだ、この身が朽ちるまで。という決意を新たにしたよ。絶望の荒野にごくまれに立ち現れるうつくしい光景をぼくはこれからも収集し続けるだろう。そしてそれを何らかのまとまった形で世に出さなければいけない。どうにか、何かの形で・・・。

ここまで4回に渡り、長々と付き合っていただきありがとうございました。とにかく何も成し遂げていない者の自己言及として、本当に苦しいものがあったけど、この夏、煮詰めていた思考をなんとなくまとめることができたよ。またもう少し前に進めると思う。次は、ぼくが世に出てからだね。最後になにかふさわしい言葉で締めてもらえないかな。

 

質問者: そうだな・・・ブローティガン『西瓜糖の日々』のページをめくるよ。

「心のことってのは、わからないんだよ。先のことがどうなるか、誰にもわからない」

それでは質問者から生活者へ戻ろうかな。心のことも、先のこともわからないままね。 

 

「往復書簡」おわり

 

 

 

繊細な魂と乾いたユーモア、そして率直な反骨精神をもって人生の無常に立ち向かったアンソニー・ボーデイン (Anthony Michael "Tony" Bourdain, 1956-2018) へ捧ぐ

 

 

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往復書簡#3

「往復書簡#3」

 

質問者: ふむ。『マグノリア』の話をしてよ。

 

y:マグノリア』を初めて観た時の話か。

高2から高3に上がる春休みだから、17歳のy少年の話だね。

ちゃんと形になるように思い出せるか自信がないけどやってみよう。

 

質問者: 落語みたいに聞くよ。

 

y: その頃、付き合ってはいなかったけどよく遊んでいた年上の女性がいた。

顔はもう上手く思い出すことは出来ない。でも名前は覚えている。

彼女は当時大学生で年齢は21歳だったと思う。

どう出会ったのかも全然思い出すことが出来ない。

ぼくはもうその年齢だと相当街をぶらついてたから

街のどこかでボーイ・ミーツ・ガールしたんだろう。

何の映画が好きとか、どんな音楽が好きとか

そんなので仲良くなっていたのは覚えているよ。

仲良くなった後、ふたりに春休みが来たので

ぼくたちはある地方都市を旅行することにした。

いまでは見るもおぞましい鈍感さを辺り構わず振りかざしているけど、

その頃のy少年は多感な少年だったと思う。

自分のことしか見えてなくて、辺り構わず鈍感さの代わりに災厄を撒き散らして、

世界から拒絶されていると毎日涙するような、多感の意味を履き違えた凡庸な少年だった。

これはだいぶ後になってわかったんだけど、世界は誰も何も拒絶なんかしていない。

更に言えば、世界は誰も何も受容もしてくれない。

世界は我々にただ無関心な態度を貫いているだけだ。(また横道に逸れてしまった・・・)

とにかく、その頃の“多感”なy少年は、世界から拒絶されている代わりに

音楽や映画、小説だけが自分のことを抱きしめてくれていると強く信じていたんだ。

それらは自分のことを受け止めてくれる/抱きしめてくれる唯一の存在だから

(実際はそんなことはまるでない)、絶対にその音楽や映画のことを

自分は裏切ったら駄目なんだと心に強く誓っていた。

当時のぼくにとってはそれがなにものにも優先される

(唯一の)重要な規則だったんだろうね。

少しだけ、ほんの少し(0コンマ数秒でもいい)だけ立ち止まって考えてみれば、

その年上の女性だって凡庸の極みのような世間知らずのy少年を

受け止めてくれていると気付けたようなものだけど

とにかくそういう思慮分別が一切何もつかなかった。

 

質問者: どうぞ続けて。

 

y: 地方都市への旅自体は幸先は良かったよ。新大阪のホームで新幹線を待つ間、

その女性の手をとって『Here Comes Your Man』を歌いながら踊ったりもしたよ。

今やると重罪人として極刑に処されるだろうね。

ぼくはもう少年法には守られないし、日本は法治国家だから。

でも当時から相当ビューティフルな歌詞だなと思っていた。

そうしてとにかくふたりは地方都市へと旅立った。

くそったれ!これだけだらだら文章を書いても、

マグノリア』はおろか映画館にさえたどり着けてねえじゃねえか。

言語能力が著しく低いのだろう。言葉を使うのにまるで向いてない人間・・・。

そもそも何か目的があって、その地方都市に行ったわけじゃないから、

我々は到着後すぐに途方に暮れた。それで新幹線も停まる駅の目の前から長く続く、

裏寂れたアーケード街を散歩しようとなったんだ。

しばらく歩くとそのアーケード街からすぐ外れた道に映画館をふたつ見つけたよ。

いまでもあるかな。調べたらすぐわかるんだろうけど、

この20年近く(20年!)調べる気は一度も起きたことがない。

昭和の名残りがあるオールドスクールな小さな映画館が道を挟んでふたつあったんだ。

 

質問者: うん。

 

y: ひとつの映画館ではスティーブン・キング原作でトム・ハンクス主演の

グリーンマイル」をやっていた。そしてその映画館の向かいの

もうひとつの方の映画館の看板を見て17歳のy少年は興奮したよ。

ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)監督の『マグノリア』を上映してたから。

その前の年に“多感”なy少年は、PTAの前作の『ブギーナイツ』を見て

本当に心を掴まれていたんだ。自分のための映画だと(何故か)思ったし、

当時PTAが20代だったことも最高だと思っていた。で、興奮したy少年は

ほとんど涙混じりに目を輝かせてその女性に「映画を見よう!」と言った。

 

質問者: うん。

 

y: でも(当時のy少年には)信じられないことにその女性は

ふたつの映画館を交互に見て「どっちにする?」て聞いたんだ。

自分の審美眼に対して圧倒的な自信を持っていた(それは根拠ばかりか

実体すら「まったく」ない)y少年はその質問に驚きまくったよ。

「こんな愚問がこの世に存在するんだ!」とさえ思った。町工場の街で育った

思慮分別が一切ないy少年は「もうあらゆる映画一生見なくていいよ」とか

「いますぐ大阪帰って一人でグリーンマイル見てなよ」と

どれほど言おうかなと思ったけどぐっと堪えた。

なぜだかぐっと堪えることが出来た。当時はそれだけでもすごいことだとおもった。

ただ、もうその瞬間から世界のすべてが呪われてるようにすら思えた。

呪われてて汚らわしいもののように思えた。

ビジネスホテルに帰ってひとりでベッドと壁の間に挟まって

CDウォークマンでも聴きながら朝まで寝てたいと思うくらい具合が悪くなったよ。

でもその当時振り絞れるだけのすべての勇気と優しさを振り絞って、

「どっちがいい?」と聞いたんだ。

 

質問者: ほう、ほう

 

y: 「うーん、悩むなあ」という答えが返ってきた。

それでぼくは一切何も聞こえなかったことにして完全な無言、完全な無表情で

マグノリア』をやっている方のチケット売り場に行ってチケットを買ったんだ。

その女性も後から付いてきたよ。今考えても、今考えなくても

酷いし愚かだし醜い話だよ。その映画館の中のことはよく覚えている。

古びて黒ずみミシミシいう木の床。暗い場内。

そしてくすんだ赤のベルベットの椅子。さいこうだな、と思って

気分を持ち直すどころかまた興奮してきた。

で、その女性とふたり並んで『マグノリア』を観た。

ブギーナイツ』に続いて『マグノリア』も完全にy少年の心を掴んでくれたよ。

群像劇でありながら登場人物について余計な説明が一切なく、

時間が経つにつれ、その登場人物が持つ背景、物語、

そしてキャラクターが浮かび上がってくる、これこそ映画でしか無理なことだな、

映画だな、最高だな、という稚拙な感想で頭の中がいっぱいになってた。

そして時間が過ぎて物語は進んだ。とうとう前回(往復書簡#2)も挙げた

「愛はあるのにそのはけ口が見つからないんだ」というセリフが出て来て、

幼稚なy少年は感動のあまり脳が痺れて「あ、あわ、あわわわ」てなってた。

しかし、そこで映画が始まってからy少年が一切注意を払ってなかった

隣の女性が耳打ちしたんだ。「ごめん、トイレ」って。

y少年はその女性より通路側に座ってたからね。

今考えたら別に普通のことすぎるんだけど、当時、そのことが許せなさすぎた。

重罪人で極刑に値するとさえ一瞬思ったよ。

で、誰もいなくなった隣の古びた赤いベルベットの座席をずっと見ていたんだ。

その後の映画のことなんかもうどうでも良かった。

ずっとそのくすんでスクリーンの光を受けて淡く輝く赤い座席を見ていたんだ。

そして同時に直観を得た。ぼくの残りの(長いか短いかわからない)人生は、

ずっと隣の赤い布の空席を眺め続けるものになるだろうって。

そしたら涙が出てきた。別に泣いてもいいんだって思った。だからしばらく泣いたよ。

空席を見続けながらね。で、涙が枯れた頃にその女性は戻ってきた。

勿論映画の途中でね。紅茶花伝のレモンティーをぼくに買ってきてくれたよ。

やさしいね。いまなら何でこんなにやさしくしてくれるんだろうと

感嘆してその感動を五言絶句の漢詩にでも詠んでしまうと思うよ。

でもその頃は違った。手のひらに握った紅茶花伝のレモンティーの缶の冷たさを

めちゃくちゃ今でも覚えている。これが世界の冷たさなんだと思った。

その冷たさはぼくの肌にも伝達して、ぼくもいずれこの冷たさが普通に、

平気になるんだろうって思った。頭がどうかしてたんだろう。

そしてたぶんそれはいまも変わってないんだろう。

その後20年が経って多くの人を傷つけてきた。この『マグノリア』の話が

とてもかわいいと断言できるくらい酷い仕打ちを色んな人にしてきた。

その罪悪感だけは消えないよ。決して消えないんだ。

あのくすんだ赤いベルベットの座席の上の塵のように

年月とともに積り重なっていくばかりだ。そして、その時々に流れている映画の光が

スクリーンから反射してその赤の上を淡く染めるんだ。

ぼくはそれをただ見ているだけ。多くの人を傷つけて多くの人と別れてきた。

いつも思うことがあるよ。2000年に出たアヴァランチーズの

素晴らしいレコードの表題曲『Since I Left You』。君もよく知っている曲だね。

ほんとうに夢のようにうつくしい曲だよ。素晴らしい歌詞。

 

Since I left you

I found the world so new

Oh,Everyday

 

ぼくのもとを離れていったすべての人達が

この夢のようにうつくしい曲のこの素敵な歌詞のように

生きていて欲しいといつも祈っている。『Since I Left Yun』だね。

 

質問者: それはどうかわからないけど。

 

y: とにかく現在を直視することが出来ないんだ。

17歳の頃、犬が好きだった。犬を飼いたかった。

 飼いたくて仕方なかった。決して賛成ではない家族にも粘り強く交渉したよ。

しかし交渉が実って実際に飼えるとなった時、ぼくは犬を飼わなかったんだ。

犬が好きになりすぎて、いつ訪れるかわからない犬の死が恐ろしくなりすぎたんだ。

とにかく (不確かでかつ悲観的な)未来と(捏造され甘美な)過去しか見ていないんだ。

ぼくのもとを離れて「new world(=新世界)」を発見していく人たち。

ぼくは「旧世界」の、見張り塔からずっと、その様を眺め続けるしかない。

でも旧世界と新世界の間には決して晴れない深い霧が横たわっていて

実際に見張り塔から見えるのは旧世界と新世界の境界線までだけなんだ。

これまで霧に覆われたその境界線を眺めながら積り続ける罪悪感を胸に

祈り続けることしかできなかった。でもいつまでも17歳のままじゃいられない。

ぼくも現在を見なきゃいけない。『Since I Left You』の歌詞のリフレインが

終わる頃にマドンナの『Holiday』のベースラインがサンプリングされているのを聴くと

いつも泣きそうになるよ。ほんとうにこの人達は音楽が好きなんだなって。

Holiday』の歌詞に

It's time for the good times

Forget about the bad times

One day to come together

というフレーズがあるんだ。

 

質問者: そうなんだね。

 

y: 忘れてしまうものは絶対にある。でもこの積もり積もっていく罪悪感が

ぼく特有のビジョン(今更だがそんなの本当にあるのか?)の

重要な要素になってるといまでは思う。ミウッチャ・プラダが言ってた。

「わたしは単純明快なものは嫌いだ。そこで必ず違和感を抱かせる要素を

忍ばせるようにしている。美しいだけではあまりにも安易だから」

その通りだよ。うつくしいだけではあまりにも安易なんだ。

うつくしいだけでは絶対に刺さらない。少なくともぼくのような人間には。

だからぼくはこの違いを生み出せる要素である罪悪感というものをとても

大切にしているんだってこの往復書簡のやりとりをしている中で気付いたよ。

ほらなんだっけ、君が随分前に言ってた、「蓮」と「沼」のたとえ。

詳しくは忘れちゃったけど好きだったな。

 

質問者: 「この男は蓮の花みたいなものだ。蓮の花は汚い沼地でなければ花をつけない。つまり、地獄から極楽を引き出そうとしているわけだ」

先の往復書簡(#2)でも名前が出たけど、シェフ/タレント/文筆家として活躍したアンソニー・ボーデインのエッセイの中で描かれる一場面だよ。

 

y: 自分で引用促しといてなんだけど、恥ずかしいね。誤った質問をしてしまった。

 

質問者: 決して違うということはないよ。

 

つづく

 

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往復書簡#2

何が飢えよ

名声だけが欲しいくせに

『インテリア』ウディ・アレン

 

「往復書簡#2」

 

質問者手ごたえはどうかな?

 

y: うーん、正直言うと順調とはとても言えない。この夏、2、3ヶ月集中的に撮ったんだけど、どうにか撮れてるかもしれないというのが2枚か3枚だけだった。それも文句なしの1枚というわけじゃない。最初はカメラをちゃんと触るのも数年ぶりだったから勘を取り戻すのに時間がかかってるのかもしれない、と思ったけどやっぱり違う。矛盾したところに立ち戻るんだけど、ビジョンを写真として発露させるのに適切な何かが欠けていると感じている。それは技術かもしれないし、身も蓋もなく資質なのかもしれない。でも健康な精神の時に自分が下した判断を信じて進んでいくしかないというのが現状です。

 

質問者ブランク・技術・資質とは別に、加齢という要素はどうかな?スポーツで言うところの「ピークを超えた選手」のように。201012年に一番写真を撮っていたころの過去の自分との関係はどのようにとらえているのかな。

 

y: 過去と現在の対比をするには、まず過去がどういった状況だったか説明しなければいけないね。あの頃は本当に写真を撮るのが嫌で嫌でたまらなかった。つらくて苦しかった。被写体との関係性についてとにかく心悩ませられていた。撮れば撮るほど頭が混乱したし、関係性もこんがらがっていった。いとおしく大切な人(たち)がどんどん離れていくように感じた。実際は撮ることと関係性がほどけていったことには因果関係はないように思える。こうやって書いていて気付いたんだけど、ぼくはまだ全然整理できていない。当時の状況については(いくらかは)自分の中で消化しつつあるけど、そこに写真が入ってくるとまだ整理がついていないように感じる。このやりとりの中でその端緒が見つけられれば嬉しいんだけど・・・。

とにかく写真を撮るのが嫌だった。文を書くのも嫌だった。誰の目にも触れられないものの為に何でこんな目に遭わなきゃいけないんだって頭を抱えていた。じゃあ何で続けていたかと言うと、その写真を素晴らしいと言ってくれる人が複数いたからだ。君もそう言ってくれたと記憶している。

 

質問者頭の中の友達じゃなくて、質問者は実在します。ということを言っておこうか。

 

y: 君を含めた、実在し、しかも価値判断が出来そうな信頼できる人たちに写真を見せては、その評価を聞いていたんだ。だからやっぱり自分でもある程度の手応えはあったのかもしれない。自分特有の稀有なビジョンとそれをどうにか形にできる資質がぼくにはあるんじゃないかと思うようになったのは、そういう経験もあったからだと思う。

 

質問者さっき(往復書簡#1)の職業的技術の話に繋がってくるけど、(評価すら)関係性の中にあった写真から、今は飛び出していこうとしているところなのかな?

 

y: いや、関係性から逃げることは出来ない。対象が人であれ物であれ、写真を撮る限りはその対象との関係性から逃げることは決して出来ないんだ。写真とは撮影者を通して世界を編み直す行為だから、撮影者がその世界とどう関係しているのかというのは必ず問題の中心にある。ただし、限りなく鈍感になることはできるかもしれない。良し悪しを抜いてね。ただそうして撮られた写真はその出来のほとんどを偶然性に委ねるものになってしまうと思う。そういう写真はぼくが撮らなくても無数にいる誰かが撮っているんじゃないかなと思うよ。特有のビジョンをどう表出させるかということが、写真の領域におけるぼくの関心のすべてだからね(いまのところ)。勿論、すべての偶然性を捨て去ることは出来ないし、そうすべきとも感じてはいない。ティルマンスがよく言うように「偶然性とコントロール」がとても大切だとぼくも思っているよ。そのコントロールを下支えするものが、「技術」と「対象との関係性」なんじゃないかなとぼくは感じている。だから関係性についてはやはり今回も向き合わなきゃいけない覚悟はしているよ。前はそれが苦しくてつらかった。でも撮っていて良かったといまでは思っているよ。記憶のほとんどは靄の中に引きずり込まれたけど、写真は残ったからね。「忘れるにまかせるということが、結局最も美しく思い出すということなんだ」(川端康成)という言葉についてよく考えている。

 

質問者傷つけて、失って、忘れて、残るもの。

 

y: まさにその4つを繰り返し続けてきた。「hurt,lost,forget,remain.」この4つをベンチャー戦士のPDCAばりに回してたら、あっという間に心がぼろんぼろんになった。

 

質問者それでもふたたび向き合う覚悟を決めたことはわかったよ。話を戻して、この10年という年月の影響はどのように感じているかな?

 

y: 何を失って、何が残ったのかと言う話にもなってくるんだと思うけど、やはり前職の仕事がぼくの人格に与えた影響は大きいよ。アンソニー・ボーデインが仕事についてこんなふうに書いてた。「たとえ人格的にボーダーラインにあり、ドラッグや酒の濫用という問題を抱え、反社会的な性向の持ち主であっても、毎日きちんと職場にあらわれてベストを尽くす連中を高く評価する。そして、なるべくなら、彼らが軌道修正するチャンスを与えたいとおもう。このままでは先が知れている彼らの将来をなんとか別の形にしてやりたい。」これは非現代的な考え方なのかもしれない。でもぼくの意見はほとんど同じだ。どんなに人間的に問題を抱えているルーディーでも、自分の職責においてベストを尽くしている限り、月日が人間を幾分まともなものにしてくれるはずだって。ハードワーク、献身性、忍耐、慎重さなど自分にまったくなかった多くのことを学んだよ。そしてそれに負けないくらい大きなウィズダムを、私生活において「傷つけて、失って」ぼくは得てきた。君もよく知っていると思うけど、元々のぼくは野蛮で残忍で冷酷で嗜虐的などうしようもない人間だ。自分の欲望、願望のためなら人を痛めつけることに微塵のためらいも持たないような人間的素質を持っている。その結果、本当に沢山の大切な人やものを失ってきた。そして失うことほど、ぼくを大きく傷つけるものはないと気付くに至った。可能であるならばもう何も失いたくないと強く思っている(でもそんなことは不可能だ)。そのような紆余曲折を経てぼくが獲得してきたものが、優しさや寛容、自制といった性質だよ。元が酷いからまだ上手く運用できているとは言い難いけどね。前職で培ったものたちは、ぼくが今後写真を撮っていくにあたって、主に技術的な質を高めていくことに大きく手助けしてくれると期待しているよ。一方で、私生活でいわば“痛い目”に遭って得てきた性質も写真を撮るにあたってとても大切な助けになると思う。否定的なマインドでは写真は撮れないからね。シャッターを押す瞬間には、自分の目の前の世界を(少なくともファインダーに収まる範囲内では)、全肯定してなくちゃいけないんだ。写真は肯定のメディアだと強く感じているよ。これは良い悪いとはまた別の価値判断だ。たとえば暴力を否定したいという意図を持って、まさに暴力そのものを被写体に撮影に臨んだとする。そういった場合でも、とにかく少なくともシャッターを押す前後の瞬間だけは一旦、自分の眼前に広がる暴力で満ちた世界をすべて肯定しなきゃ、世界を写真に結び直すことは難しいんだ。

 

質問者ふむ。

 

y: 逆に聞きたいこともある。いまぼくが書いてきたのは、この10年間で得てきた(とぼくが思っている)ものたちだ。じゃあ、何を失ったように見える?中断前と、今年になって撮り始めた写真を見比べて、君はどう思う?

 

質問者これは批評じゃないよ。君に対しては批評は出来ない。(そういった意味で、自分は最も質問者に向いていない人物のように思うけど。)本当にただ正直な感想だけど、写真に関しては何かを掴もうとしている時期であって欲しい、と思っている。今年のものは習作だと思っている。批評も評価もなし。往復書簡の相手に指名されたことに戸惑いがある。まあでも自分しかいないよな、という気持ちもある。何を失ったか?そんなことは知らないし、知っていたとしても言わない。言いたいのは「何ヶ月も連絡ないと思ったら用のある時だけやって来るね~」という嫌味くらいだよ。君の本質は変わらないし(人間的資質の自己評価はまあ格好つけすぎだよ)、傷つけて失っても、そこに何かを残せるのが君だ。ヴォネガットはこう言っていたよ。「忘れるべき時期。」

勝手に質問と回答を入れ替えるから、口調まで入れ替わっちゃったじゃないか。

 

y: ようやく往復書簡ぽくなってきたね。確かに写真は残った。写真とその周辺に漂うおぼろげな何か、感情。それだけは残るんだと10年かけてわかった。そして確かにぼくの本質は変わらない。変わらないけど、後天的に身に着けてきたものたちを使って、自分の人生がどう変わるのか、自分の写真の質をどう高めていけるのか、いまはそこに関心があるよ。それは自分で掴まなきゃいけないんだ。そこが決定的に変わったところだと思う。以前はもっと自分以外の何かを期待していた。

 

質問者君の10年をある程度「線」で見ることが出来る立場から話そう。(だから指名されたのだと思う。)くそっ、口調が入れ替わったままだ。yさんの10年を、ね。

麓健一という歌手がいるよね。彼の2009年のCD-R作品に「葬列」という曲が入っている。そこではこう歌われている。「誰かが待ってる/誰かがあなたを待ってる」これを聴いてyさんが当時言っていたことをよく覚えているよ。君は「誰かが待ってるなら、迎えに行かなあかんのやって気づいて茫然とした」と言っていた。(大阪弁の再現性に関しては許しておくれ。)だから君が言うように「自分で掴まなきゃいけないんだ」ということは、君自身9年前の時点ですでに気づいていたんだ。

 

y: これは率直に告白しておかなければいけないけど、そのぼくが言ったとされる言葉をいまのぼくはまるで覚えていないよ。9年経ってるとは言え、基本的に言葉に対する責任感が希薄なのかもしれない・・・、そうは思いたくないけど。自分ではかなり緻密に論理構築をして、他人に伝えていいことだけを言葉にしてるつもりだし、それがぼくのシャイネスの理由のひとつになっているとも思っている。だけど、いつも自分の言葉を覚えてなくて、他人に指摘されて初めて気付く。ぼくの言葉はノリとハッタリだけなのかもしれない、暗くなるよ。ただ自分の放ったその言葉については覚えてないけど、勿論「葬列」という曲はそうじゃない。いっときよく聴いて、その後、忘れ去れるような曲では(少なくともぼくにとっては)ない。本当にスペシャルな曲だよ。ビーチ・ボーイズブライアン・ウィルソンが気が狂っても毎日毎日必ずロネッツの「Be My Baby」を聴いていたように(というエピソードをこの15年以上ことあるごとにあらゆるシチュエーションでしてきたけど、これが事実なのかどうかももうまるで自信無し)、ぼくも10年近く、一日も欠かさずとは決して言えないがそれにかなり近い頻度で「葬列」をいまでも聴き続けている。ぼくにとっては「Be My Baby」や「God Only Knows」と同じぐらい大切な曲だよ。特に君が指摘した「誰かが待ってる/誰かがあなたを待ってる」という歌詞に囚われ続けてる。高校2年生の春休みに劇場で見た『マグノリア』に出てくる「愛はあるのにそのはけ口が見つからないんだ」という言葉に次いでぼくを囚え続けてる言葉だよ。言葉の力を信じていないにも関わらずね。だから9年前に呆然としておいてなんだけど、いまその「迎えに行かなきゃいけない」という言葉が新鮮すぎて、他人が与えてくれる重要な啓示のようにいまのぼくには響いているよ。

 

質問者: こいつはとんでもないユーモアだな。

 

y: ユーモアと愛の塊なんだ。ただそのはけ口が見つからないだけで。止まらないまんま。そしていま気付いたのだけど、ぼくはもしかして「傷つける」の前に「忘れる」があるのかもしれないね。「忘れる」が先にあるがゆえに多くの人を「傷つけて」きたのかもしれない。

 

質問者: ふむ。『マグノリア』の話をしてよ。

 

つづく

 

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